三年生になって遊びばかりのことはもうできない。
目前分類:未分類文章 (24)
- May 01 Sun 2011 20:34
「三年生になって」
- May 01 Sun 2011 20:33
映画の感想文
- May 01 Sun 2011 20:29
中間テストー台湾の弁当文化
台湾の弁当はいつから作られたかわかりませんが、一つだけ確信できる事は日本殖民地時代から、「弁当」の言葉を使い始めたということです。そして、1949年国民政府が台湾へ来て、幾つもの駅で鉄路弁当を販売始めた。今の50代または60代の人にとっては大切な思い出そうです。それ以外に、台湾の子供たちはは小学校から高校まで毎日家から弁当を持って、学校でもう一回温めて食べます。つまり、台湾の弁当文化は日本から深く影響を受けた以上に、自分の特色もたくさん持っています。
日常生活には様々な弁当をよく見られます。例えば、お昼時間に料理店などが作ったばかりの弁当を出します。お店が自分の弁当を出します。一番多い形は一つの主菜と三つくらいの副菜です。他にも自分で気に入りの主菜と野菜を組み合わせた弁当があって、その店は「自助餐」と呼ばれます。ちなみに、最近コンビニには有名な老舗と提携して、電子レンジで温めればお店の味を再現できる弁当を出しています。話題になった「奮起湖弁当」はその一つの例です。そう言うことで、台湾の人たちは実は弁当と離れない生活を過ごしているようです。
- Mar 31 Thu 2011 14:08
台湾に関するニュース
3月11日の午後、東日本で9.0の地震が発生した。今回の大地震はかなり悲惨だが、地震の後は人々の助け合うが各地で次々見られている。この人たちの手伝いは国の中だけではなく、国際にも開いている。台湾の人たちも12年前でひどい地震があって、その時、日本からたくさんの援助をくれた。義捐金のほかにも、簡易な建物などを贈った。12年に経って、台湾の方は日本の大震災を見て、自身とものことを感じて、21億円まで集まった。
- Mar 02 Wed 2011 21:55
韓国
- Dec 28 Tue 2010 13:28
12月11日(土)晴れ
今日は家のすぐ近くの”旧松山煙酒公売局”に入った。生まれから一度もそこに入れなかったので、今日はやっとその中にどうな建物があるのを見られて、すごくワクワクしていた。ある質問が聞きたかったでしょう。では、「何故20年も入れなかったのに、今日は入れるの」それは、今日からの二週間、旧松山煙酒公売局は台湾のデザインの博覧会が行われたの会場になってからだ。旧松山煙酒公売局は来年”台北ドーム”になり、今の建物やたくさん樹がなくなる恐れがあるので、私はきょうどうしてても、そこに入ってゆっくり見たかったのだ。もう台北市内はそんなに広いなところはいないと思いました。私の家はすぐ隣だから、側はドームみたいの公共建設はあまり好きではなかった。うるさくなるからだ。まもなくの未来はもう下の写真と見たいの景色が見えなくなり、残念だ。
下の写真は旧松山煙酒公売局で撮った。あまり台北の都心と思わないね。草と樹が高くて、森の中みたい。
- Dec 14 Tue 2010 21:54
一文字を占う
- Dec 08 Wed 2010 23:30
12月5日 (日)
今日は「新・日本語試験」の日でした。この試験を受けて、今年はもう3年目でした。でも、今回は新しい形なので、ちょう緊張した。前と前の日は悪い夢ばかりを見たんだ。多分合格できないと思った。そして、試験が終わってやっとリラックスできた。もう後はどうなるか考えたくないと決まった。同じ試験を受けた友達と一緒に屋台へ食べに行った。ああ~楽出来だなあ、と、また何をピンと思い出した。明後日までにレポートを出さないとやっばいだ。もう、山を越えてまた次の山があって、いつ休みがあるのよ。
- Dec 01 Wed 2010 22:33
MIT(台湾の誇り)
台湾のことを考えると、先ず食べ物でしょう。でも、じっくり考えれば考えるほど他にもいろんな魅力な事があるだろう。四十年まえの台湾は自転車や傘や靴などの工場がばかりでしました。だけど、なかなか自分のブランドが作られませんでした。というのは、国際ビジネスの会社のために作られたものだけで、自分でデザインして出した商品ではありませでした。商品を作るのは他の国にも代わられるし、工場の費用と人事の給料も段々高くなるし、台湾は自分の道を探さないと前に進まれません。台湾では実際に才能がある人がいっぱいです。ある会社は自分にもいいデザインや品質の商品を作られるのを信じて、いまは世界中で店を開いています。その会社はジャイアント(自転車作り)です。
十年前の映画を見ると、時々腹を立ちます。なぜかいうと、役者の台詞が認められませんです。もし使うの品物が壊れたとき、必ず、「ああ、これは台湾で作ったものだからだ」を言います。どうして台湾のものが壊れやすいのイメージがあるのはちょっと悔しい気持ちがあります。多分、ジャイアントの社長もそう思うのを信じてます。今の世界はブランドイコール良い品質なので、どうやて自分のレベルを向上するのは大切なことだと思います。ジャイアントはヨーロッパで自分の自転車を売られるためにお師匠さんを探し、ヨーロッパ人が認められるまでいろんな自転車を開発をしました。それこそいまは自転車で有名なブランドに成っています。今の台湾は世界でもあるところで胸を張って誇られるでしょう。
- Nov 23 Tue 2010 23:27
忘れられない事
私のおじさんは高雄におばさんといとこと三人で一緒に住んでいました。年越しや休みの時、お母さんと二人でお家へ遊びに行ってきました。おじさんはとてもお洒落な人でした。髪の毛が肩までも長さで、着ていた洋服も有名なブランドでした。いつもニコニコに笑って、お冗談ばかりを言ってくれた面白いおじさんでした。しかし、昨年亡くなりました。
小さい頃、おじさんの笑顔を見ると、すぐ元気に戻られました。太陽のように暖かくて、回りの人を支えてくれました。その笑顔をしていたおじさんの姿はどうしても忘れられなくて、頭の中で残っていました。
- Nov 23 Tue 2010 23:22
中間テストの感想文
今までを受けたテストととても違って、前代未聞の形です。「日本語作文」の授業なのに、先生と生徒達の前で文章を朗読することです。しかも、文章のテーマやスタイルは自分で決めたのです。そのため、自分のレベルに相応しい文を探すのは一番大切な事です。私は旅行に関する文を探しました。何故なら、日本の田舎やあまり知られていない所がみんなに聞いてもらいたいからです。
テストの当日はとても緊張していました。人々の前で日本語の文章を読むのは初めてではないけれども、今回は中間テストだから、できるだけミスをしないように頑張りました。読み終わったら、先生と皆さんからコメントももらいました。実はちょっと読み間違ったこともありますが、みんなが「上手ですよ」と言ってくれました。本当に嬉しかったです。みんなは私の伝えたい気持ちがわかってくれたからようです。
- Nov 21 Sun 2010 23:24
what is the point?
- Nov 21 Sun 2010 23:03
鈴木